大人になれないぼくらの
彼女はいつも俺の2、3歩前を歩いていた。 その姿は実に悠々としていて、その勇ましさにこちらが溜息をつきたくなるほど立派なものだったけれど、それが実は危うく脆くものであると気付いたのは、 彼女と知り合ってからずっと時間が経過した後のことだった。 ...
砂時計をひっくり返す
過ぎてしまった時間は、もう戻らない。 言ってしまった言葉は、もう取り消せない。 失ってしまったものは、もう取り戻せない。 いつだって失くすのはあんなにも容易いのに、どうして取り戻すのはこんなにも難しいのだろう。 「ごめんね乱馬、待った?」 ...
その愛は差し出し先不明につき
熱っぽい眼差し、心のこもった言葉、それなのに私は、彼の頬が私に紅潮するところだけを見たことがない。 「好きだ、天道あかね!」 彼にさらけ出すみたいに告白されるとき、私たちの周りには必ず”目撃者”がいる。それは教員だったり、生徒だったり、友人だったりと様々で、彼らのうち...
幸福な姫(後)
これは、一体なんなんだろう。 急に腕を強い力で引っ張られ、抵抗する間も無くバスタブに落ちた。普段は張り合っているものの、乱馬に力で勝てるはずもないことを重々に承知していて、けれどこんなにもあっさりとバスタブに、乱馬の腕の中に落ちていた。抵抗する間もなかったのは、たぶん呆...
幸福な姫(前)
むかしむかし、あるところに、かつてこの国で、幸福な生涯を送りながら若くして死んだとある王子の銅像がありました。「幸福な王子」とよばれるその銅像の両目には青いサファイア、腰の剣の装飾には真っ赤なルビーが輝き、体は金箔に包まれていて、心臓は鉛で作られていました。...
自暴自棄も悪くない
これまで、天道あかねはわりと真面目に、誠実に生きてきたつもりだ。 学校をさぼったことは1度もないし、好きなものを理由に学業を疎かにしたことだってない。 武道は、好きだったというのもあるけれど、継承を片隅に意識しながら真剣に取り組んできた。...
甘い憂鬱
甘ったるい毒を染み込ませた罠を、彼女の前に敷いてやった。 ご丁寧に、ここに罠が潜められていますよ、と声を大にして教えてやって、その罠が自分自身に跳ね返る呪いのようなものであることだってちゃんと理解していたのだ。 ** 「俺じゃダメか?」 ...
たぶん最初から恋だった
一目ぼれ、と一言で片付けるのはいかがなものだろう。 だからといって、後頭部を力一杯殴られた衝撃、なんて大袈裟だ。 ただなんとなく、目を引かれたのだ。太陽に煌めく髪は深い青みを帯びていてキラキラと光ってとても綺麗だった。...